私的フォークの神様
○○の神様っていますよね。
漫画の神様 手塚治虫
経営の神様 稲盛和夫
そしてフォークの神様っていうとよく挙がるのが岡林信康さんなんですけど
こと私の場合 高田渡さん なんですよね。
音楽を聴き始めたころに母親に借りたカセットテープで知って衝撃をうけました。
お陰様で小室ブーム全盛の最中、URCを聴き漁る小学生になっておりました。
非常に個性的な面子のそのカセットの中で一際もんたろう少年の心を掴んだのが、
高田渡さんでした。
いわゆる「4畳半」とか華やかなトレンドとは違うクセスゴ路線の中で、
私の眼にはなにかフォークソングの象徴的なモノに感じられました。
洗練された日本語と軽快な歌声。悲哀を笑い飛ばす底抜けの明るさの陰に、
怒りを孕んでいるような鮮やかな皮肉。飄々としていて、それでいて
「愛らしい」では片づけられない重さを持っていたように思います。
いつも何度でも
渡さんは、私の思春期のいろんな悩みから救ってくれたミュージシャンの一人です。
そして今、人の悩みも社会問題も大きく様変わりしていく中で、例に漏れず
私もそれなりに悩んでいます。
仕事の悩みに対して「そんな上司のいうことなんか真に受けてたら損するだけだよ」
なんて言ってくれるわけではないんですが、不思議と控えめに背中を押してくれます。
彼自身の激動の人生と、仕事で培った語学の地力が、聴く人の普遍的な悩みに届く
歌声へと昇華させているのだろうと思います。
本記事のタイトルは加川良さんの言葉で、それも二十数年前のテレビのだったと思うのですが、ふと思い出すことがあります。
加川良さん自身とても素敵な一流のフォークシンガーですが、その彼をして
「今こそ」「聴こう」と言わしめた所に、渡さんの魅力と偉大さを感じます。
時代を選ばない言葉は、世代を超えて腹落ちする。
一方で風刺などでは、明らかにその当時を歌っているのだけれど、
的を得ているからやはり時代を超えて通ずるものを感じる。
どの時代どのタイミングでも「今こそ」「聴こう」と思わせる魅力がある。
思いを馳せるとまた聴きたくなってくる。
その節ゆっくり、いやどうも。
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