ストーリー
ブラック・ジャック
本名、年齢共に不詳。日本人ということしか分かっていない。
外科手術の技術は世界一とも言われる、無免許医。
法外な医療費と引き換えに、奇跡のメスを振るう。
その業は神か悪魔か…。
愛と怒りの物語
そう、この作品には愛と怒りが溢れているように思う。
恋愛、家族愛、人の営みで生まれる様々な人情を鮮やかに描き出す。
一方で、人が生み出した負の財産に対しての怒りも、余すことなく描いている。
ブラック・ジャックは負の感情を起点に、復讐に身を窶して世界有数の技術を手に入れる。
しかし旅路の途中、彼はその技術で、出会った様々な人を救い、足掻き、共に苦しんだ。
そこには愛がある。
しかし人の世の地獄を生み出すのもまた人。狂気は肥大化し、身勝手な悪意や得体の知れない脅威となって立ち塞がる。
それに立ち向かうには、例え世界一の名医であったとしても、人ひとりはあまりにもか弱い。それでも大小様々な怒りは弱者を突き動かし、搔き消されそうな中、一矢を報いることもある。
ストーリー毎の主人公達は、絶望の中でブラック・ジャックと出会い、救われ、あるいは何かを失って、それでも進んで行く。希望ばかりではない、それでもそれぞれの物語は続く。
戦争、そして戦後
この作品には、狂気の渦巻く戦争の只中や、ささくれた秩序の中ただ力を振るう者が物を言う理不尽が多く描かれている。
そこでは常に、奪われ続ける弱者がいる。それは有色人種であったり、女性だったり、子どもだったり、そして自然そのものだったりもする。異端の者も然り、現代でも変わらないものも多い。
戦争、差別、人権侵害…、人の世の憎悪の最たるものとも言える光景を、著者はWWⅡの最中に見たはずだと思う。それと同時に、漫画に救われた彼は「人が人を救う」希望を拭えなかった。
著作の中で、『人の世の不条理』に対峙する『人の希望』を描く作品は多い。こと本作は現代が舞台になっており、かつ主人公が医療を生業とする為、著者の代弁者である側面が色濃くある。
高度経済成長も落ち着いた頃に生まれた筆者には、戦争の実情は伝え聞いて想像するしかない。加えて高度な医療や奇病など、身近とは言えない題材を描きつつも、本作が傑作と呼び声高いのは、人の正負の激情、人の醜さと美しさという普遍的なテーマの描写が素晴らしいからだろう。
それでも人は希望を胸に
前述した『人の世の憎悪』は、今では影を潜めているものも有れば、悲しいかな長い歴史を継承するものも、また新たに浮き彫りになるものもある。
人の愛と希望は無力なのか?
思うに恐らく逆で、人が生み出す地獄は思っているよりも更に強大で、根深く、恐ろしい。
そんな中でも人は抗い、藻掻き、時に力を合わせ、憎悪を退けていく。
今の世でも変わらず、ブラック・ジャックは怒りと愛のメスを振り続けるだろう。
BLMや、LGBTQ、精神疾患や発達障害などにも立ち向かい、彼なりの彼にしか出来ない立ち回りでそれぞれの主人公の物語を前へ進めるに違いない。
明るい未来は約束されていない。それでも人は希望を胸に。
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